後関信一の光と影

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後関信一の光と影

第7回 後閑信一の光と影 ―栄光と挫折―

「競輪」と「ケイリン」

ウイニングランをご覧の皆様、後閑信一です。今回は先日、ヤマダグリーンドーム前橋で行われた第27回寛仁親王牌世界選手権記念トーナメントについて書かせて頂きたいと思います。

 寛仁親王牌は1990年に日本で初めて世界選手権自転車競技が行われ、当時の名誉総裁でありました寛仁親王殿下に自転車競技は面白いと評価して頂きお名前を頂いた格式高い大会であります。そして選抜方法も特徴があり、プロの競輪選手が全国各地区で自転車競技の予選を行い、勝ち残った者が全プロ(全日本プロ選手権自転車競技大会)に出場し寛仁親王牌の出場権利を得ることが出来るのです。なので若手や自転車競技の得意な選手達も寛仁親王牌GⅠに出場出来るチャンスがあるので、とても夢があり新鮮な感じがあります。私も2006年にこの寛仁親王牌を優勝した経験があり、寛仁親王殿下より直接トロフィーと御言葉を頂戴いたしました。そしてこれから始まるであろうスピード競輪に対応をしていける自信が付き各
時代を乗り越えて来ました。
 さて今回の第27回寛仁親王牌は2020年東京オリンピックへ向けて日々ハードスケジュールの中、ハードなトレーニングも行っているナショナルチームに対して日本の競輪選手がどのように挑むかに注目が集まりました。やはりドームで335メートルバンクとなればカント(傾斜)もあり普段250メートルバンクを走り慣れたナショナルチームに分はあると予想されます。何故かというとコーナーでは遠心力によるGがかかるので各コーナーでのハンドルの押し方や引き方、ペダルに対しての踏み方や引き脚の使い方、体幹のバランスやタイミング等が屋外の競輪場などとは違ってきます。しかも自転車競技を勝ち抜いたトップクラスが集まる大会ですので、普段よりも仕掛ける位置も残り3周からレースは動き出してトップスピードも上がります。今回の準決勝で、脇本雄太選手は200メートルの上がりタイム8秒8をマークしました。これは以前にナショナルチームであった中川誠一郎選手が持つバンクレコードタイとなる記録です。そして更に渡邉一成選手も今回は水を得た魚の様に連日魅せる走りで決勝戦までコマを進めました。正直、ナショナルチームに魅せるレースをされて勝たれてしまっては日本の競輪選手は現状ではお手上げ状態になってしまいます。

 しかし競輪選手もナショナルチーム対策に乗り出しており、トレーニングや自転車のセッティング等、体の使い方を更に研究して取り組んでいる姿が検車場では多く見られました。これから横の捌きが出来る競輪選手があと少しだけトップスピードとそれを維持出来る力さえ付ければ今後、ナショナルチームと対等に戦いきる場面も多く見られると思っています。これを機に選手の皆さんにはナショナルチームと切磋琢磨して「競輪」と「ケイリン」の融合で見る者を魅きつけるレースをお客様に提供してもらえたらと期待をしています。選手の皆さん応援しています。

後関信一

後閑 信一(元競輪選手・競輪評論家)プロフィール


1970.5.2生/牡牛座

主なタイトル/1996共同通信社杯優勝、2001共同通信社杯優勝
2005競輪祭優勝、2006寛仁親王牌優勝、2013オールスター競輪優勝

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