後関信一の光と影

gokan
後関信一の光と影

第3回 後閑信一の光と影 ―栄光と挫折―

高松宮記念杯の思い出

ウイニングランをご覧の皆様、後閑信一です。今回は私の現役時代の高松宮記念杯競輪での思い出を書かせて頂きたいと思います。

当時は高松宮記念杯競輪といえば滋賀県の大津びわこ競輪場で毎年開催される事が決まっていましたので6月になると大津びわこで高松宮記念杯だと誰もが季節を感じるように思っていたのではないでしょうか? 大津びわこ競輪場は走りやすい500メートルバンクで今は廃止になってしまいましたが、私はたくさんの思い出の詰まった競輪場でした。そして6月といえば梅雨入りの季節です。毎年雨の中走った記憶があります。

私が初めて高松宮記念杯競輪に出場したのは1993年、デビューして3年目、当時23歳。それから引退するまで27年間で24回出場した思い入れの深い大会です。20年連続出場の表彰も受けました。戦歴を振り返ると、決勝戦には3回乗りました。1994年には1・1・3③着、1998年には2・3・1②着と群馬県籍の頃でした。1994年の時はスーパールーキーとして鮮烈なデビューを飾った同県の後輩、稲村成浩選手が捲り追い込んでの3着、そして1998年の時は同じく同県の後輩、金子真也選手の先行の番手から追い込んでの2着に入りました。今思えば当時は力が入りすぎて自転車の推進力に対してだいぶブレーキをかけていたと思います(笑)。 勝てそうな展開に焦り経験の無さが出てしまった勿体ないレースです。悔しかったなぁ~。でもその自分への悔しさがあったからこそ、そこから先の栄光へと繋がって行った事は間違いないので、私の中では20代前半でGⅠの表彰台に乗れていた思い出の高松宮記念杯競輪でタイトルまであと少し!だという想いで、私の競輪人生を繋げてきたのだなぁと改めて自分の設定ラインが高かった事を感じています。その想いは47歳の引退をする時まで変わらなかった、変えたくなかった!だとしたらやはりその想いが叶わないと感じた時が引退の時だったのだなぁ~と今、改めて自分の足跡を再確認してみると物語があったのだなぁと不思議な気持ちになります。

そして引退をして初めて迎える第69回高松宮記念杯競輪。今年は岸和田競輪場で開催されました。現在の競輪界の勢力図はまさに近畿勢にあると思いますが、高松宮記念杯競輪の勝ち上がりは決勝戦までは西は西の選手だけで戦い、東は東だけの選手での戦いが繰り広げられるところも高松宮記念杯の概定番組の面白さではなかったかと思います。今号が出る頃には、結果が出ていると思いますが、栄冠は誰の手に...。

後関信一

後閑 信一(元競輪選手・競輪評論家)プロフィール


1970.5.2生/牡牛座

主なタイトル/1996共同通信社杯優勝、2001共同通信社杯優勝
2005競輪祭優勝、2006寛仁親王牌優勝、2013オールスター競輪優勝

TOP