後関信一の光と影

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後関信一の光と影

第11回 後閑信一の光と影 ―栄光と挫折―

競輪は自分の人生との戦い

 

 ウイニングランをご覧の皆様、後閑信一です。今回は2月8日から11日まで行われた第34回読売新聞社杯全日本選抜競輪(GI)に参加した地元でただ1人のエース、S級1班の大塚健一郎選手に触れたいと思います。

 別府競輪場初のGⅠ開催ということでたくさんのお客様が楽しみにしていた開催だったと思います。大塚健一郎選手といえば誰もが知っている名選手! ガッツマーカーで、時にスイッチが入ってしまうとクレイジーな走りで過激なレーサーのイメージが強いのではないでしょうか?

 私は大塚健一郎選手がデビューしてきた頃から、ファンの方に「九州から危ない奴が出てきたから一緒に走る時は気をつけて下さい!」と言われていましたので注目をしていました。レースを見ていると確かに荒々しい元気のある走りをしていたのを見て、受ける立場としてピリッと緊張感と気持ちが引き締まったことを思い出します。それから私は彼の走りもチェックする様になり、いずれ同乗した時の対処法も頭の片隅に置きながら過ごしていたこともありました。

 思い出に残っているのは私の地元、京王閣記念だったかな? まだ若くてイケイケだった大塚健一郎選手は当然、競輪道など知る由もありませんでした。平原康多選手の番手の私にジカで競り込んで来たのです。私も競輪に命をかけていましたので、当然平原選手の後ろを取られる訳にはいきません。意地とプライドが許しません! その時の私の心の中は「俺に競りかけて来たことを絶対に後悔させてやる!」。そして「10倍にして返してやる!」とこちらも戦闘態勢! 

 しかし驚いたのは、走る前やレースでの顔見せ、レース中と私と併走する度に隣で肩を並べて「よろしくお願いします」としっかりとあいさつをするのです。競り合う時には競りかけたマーク選手側があいさつをするのは礼義! その一言がお互い感情的にならず正々堂々と戦える要因となるので、あいさつや礼儀は一流選手になるために必要不可欠です。

 私は大塚健一郎選手をその頃から評価し始めていました。レースでは当然、大塚健一郎選手を飛ばして私が決着を付けましたが、レースの後も大塚選手は「ありがとうございました。とても勉強になりました」と礼儀正しいのです。話すと非常に好青年で私の話をよく聞くので競りや、体の使い方、練習方法や自転車のセッティング、フレームの角度や車輪のボルトの位置など、競輪場で会うとそういった深い話を2人きりでよくしたものです。

 その大塚健一郎選手が是が非でも出場権獲得のために、体にムチ打って頑張って走った地元開催のGⅠ・全日本選抜競輪。無理をした分、思う様に体が動かない中でも必死に調整をして乗り込みました。そして最終日では敗者戦でしたが、タイトルに近い男と言われている古性優作選手をゴール前差し切り1着! ガッツポーズを何度もしていた大塚健一郎選手が印象的で「良く頑張った!これからも応援しているよ!」とエールを贈りたくなるような気持ちのこもったレースを見せてくれました。

 選手は皆、自分の人生と戦っています。これからも戦う選手の皆さんを応援しています。

後関信一

後閑 信一(元競輪選手・競輪評論家)プロフィール


1970.5.2生/牡牛座

主なタイトル/1996共同通信社杯優勝、2001共同通信社杯優勝
2005競輪祭優勝、2006寛仁親王牌優勝、2013オールスター競輪優勝

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